「うちの子の“やる気スイッチ”はどこにあるんだろう?」
親なら一度は思ったことがあるかもしれません。勉強も習いごとも、声をかけてもなかなか動かない。けれど、ある日突然、子どもが自分から机に向かうようになった――そんな変化を経験した方も多いでしょう。
この「やる気スイッチ」という言葉はよく聞きますが、実際にスイッチのようなものが存在するわけではありません。心理学的に見ても、人のやる気は「スイッチを押してONになる」ような単純なものではなく、「行動によって少しずつ芽生えるもの」だと考えられています。
たとえば、運動をまったくしていない人が「やる気が出たら走ろう」と思っても、実際には走らないまま時間だけが過ぎていくでしょう。しかし、「今日は5分だけ歩いてみよう」と行動した人は、その小さな一歩によって身体と脳が刺激を受け、「もっとやってみよう」という気持ちが生まれます。やる気とは、頭の中のスイッチではなく、体を動かすことで少しずつ生まれていく“連鎖反応”なのです。
子どもの場合も同じです。いくら言葉で励ましても、行動が伴わなければ何も変わりません。行動のきっかけは、ほんの些細なことから生まれます。親の「一緒にやってみよう」の一言だったり、先生のちょっとした褒め言葉だったり、友だちとの何気ない競争だったり。こうした外的な刺激が、「まず動いてみる」という最初の行動につながります。
そして重要なのは、「行動が続く環境」をつくることです。たとえば、子どもが自分から机に向かえるように、勉強道具を取り出しやすい位置に置いておく。ゲーム感覚で学べる教材を使う。リビングの一角を“チャレンジスペース”として一緒に飾る。そんな小さな工夫で、行動のハードルを下げることができます。
また、子どもの行動を“結果”で判断しないことも大切です。たとえ短時間でも、たとえ途中でやめてしまっても、「やってみた」こと自体を認めましょう。行動心理学では、「行動そのものを強化する」ことが次の行動を引き出すといわれています。つまり、「できた・できなかった」よりも、「やってみようとしたね」と声をかけることが、次の挑戦につながるのです。
行動が続くと、次第に習慣化が起こります。習慣化の段階では、もはや“やる気”は意識されません。「気づけば毎日やっている」という状態です。ここまでくると、本人の中では自然と自己効力感が生まれます。「自分でもできるんだ」という感覚が定着し、それが内発的なモチベーションを支えるエネルギーになります。
逆に、親が「やる気を出しなさい」「頑張りなさい」と言いすぎると、子どもはプレッシャーを感じ、「やらされ感」が強くなります。やる気は外から与えられるものではなく、自分の中から湧き上がるものです。だからこそ、親の役割は“スイッチを押す”ことではなく、“スイッチを見つける行動を一緒に試す”ことなのです。
行動心理学の観点から言えば、「やる気」は行動の結果として生まれる感情です。最初に「やる気を出す方法」を考えるよりも、まず「行動を起こす方法」を考えることが先です。動くことで脳の神経伝達物質が変化し、達成感や満足感が少しずつ積み重なります。それが脳の中で「気持ちのいい経験」として記憶され、次の行動を引き出します。
つまり、「やる気スイッチ」とは最初から存在するものではなく、行動のあとに“結果として点灯するもの”なのです。
そしてそのスイッチは、誰かに押してもらうものではなく、自分の行動が自然に押してくれるものです。
親にできることは、子どもが安心して「まず一歩」を踏み出せる環境を整えること。失敗しても責めずに、「やってみてどうだった?」と寄り添うこと。そして、子どもが自分の変化に気づいたとき、「それが君の“やる気スイッチ”だったんだね」と笑ってあげることです。
“やる気スイッチ”とは、押されるのを待つものではありません。
行動という名の小さな冒険の中で、いつのまにか自分で押しているものなのです。
